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大阪高等裁判所 昭和33年(ヨ)988号 決定 1958年7月30日

抗告人 新聞印刷株式会社

右代表者 福井鉄次郎

右代理人弁護士 角恒三

阪口春男

相手方 新聞印刷労働組合

右代表者 大崎岩雄

右代理人弁護士 東中光雄

石川元也

小牧英夫

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人は、「原決定を取消す。相手方は原決定添付目録記載の抗告会社構内に立ち入つてはならない。相手方は抗告会社役員、相手方に所属しない抗告会社従業員及び抗告会社と取引関係に立つ第三者が右構内に出入し、若しくは右構内において操業し、又は物品搬出入をすることを妨害してはならない。」との裁判を求め、抗告理由は、抗告人の第一審における主張及び別紙第一、第二抗告理由書記載のとおりである。

第一抗告理由書一、二、第二抗告理由書一ないし四について。

労働組合のストライキ中でも、使用者である会社が組合の統制外にある従来の従業員を使用してその操業を続行することは、それが著しい協約違反又は信義則に反する行為と認められない限り権利の行使として許される。しかし、労働組合側においても、これに対し集団的ピケツテイングによりストライキ中の会社の操業に関与しようとする者に対し言論による説得又は団結による示威の方法によつてこれを阻止し、会社の業務運営に打撃を加えることは、争議権行使の正当な範囲に属するものと解すべきであるが、労働組合のする争議行為の態様は、争議行為に対し使用者の施す対抗策に対応して相対的に流動するものであるから、この具体的な態様を無視して固定的に争議行為の手段・方法の正当性の範囲を限定して観念しようとすることは、わが国の労働組合の現状にかんがみて往々労働組合側にのみ不利益を強いる結果となり、労使対等の立場を失わせ、労働組合の団結権を不当に圧迫するおそれが多分にあるといわなければならない。従つて、実力行使の許される限度について固定的な限界を定めることは不可能であつて、個々の具体的な場合に応じてその限界が定めらるべきである。このことは、争議行為の補助的手段(場合によつては重要な手段)であるピケツテイングにおいても同様である。ピケツテイングにおける実力行使としてスクラムが行われるのが通常であるがスクラムはそれが説得のためであり団結の威力を示す限度においては暴力の行使(労組法第一条第二項但書)とはならず、適法であることはもとより、スト破りを受けとめる限度すなわち消極的、防衛的なものである限り違法とすることはできない。右のような消極的、防衛的なピケツテイングは許されるが、相手方の身体を捕えたり引張るような積極的な実力行使は、暴力の行使となる場合があり、違法となる場合があるが、この場合どの程度の行為がどのような場合に許されるかは、結局具体的場合に応じて判断されるべき問題であつて、使用者側のスト破り又はピケ突破の挑発的行為があり、これに対抗してピケラインを防衛する限度において必要な最少限度の実力行使は、やむを得ないものとして許容され、違法性がないものと解すべきである。次に、使用者は、ストライキ中でも原則として操業を継続する権利を有することは抗告人主張のとおりであり、この場合ストライキに参加していない非組合員の従業員を使用してその固有の仕事につかせることは固より自由である。しかし、右非組合員の大部分が、組合の団結力の弱化を目的とする使用人の行為に応じて組合を脱退し、このことがストライキの一原因となつているような特別の事情のある争議において、使用者が右非組合員を使用して操業を継続しようとし、その為に労働者の団結権を侵害する危険性のあるような特段の事由がある場合(原決定の認定するところにより明らかなように本件の場合はこれに当る。)には労働組合が、その団結力を防衛するため必要な最少限度においてスクラム等の実力行使により非組合員の入門を阻止することは、やむを得ない行為として違法性のないものと解するを相当とする。原審は、争議の経過、争議の行為の現況を、原決定第二、一及び二の各項記載(原決定二枚目二行目から五枚目裏五行目まで。)のとおり一応認定し、右争議行為の当否及び非組合員が抗告会社構内に出入し、又は右構内において操業し若しくは物品の搬出入をすることを妨害してはならない旨仮処分の必要性につき、原決定第三、三、(1)のとおり判断し、右仮処分の必要性がないものとしたのであつて、記録中の疎明資料により原審が一応認定した右事実(但し、組合員の数については後記のように訂正する。)は疎明されるし、右事実に基く原審の右判断(但し、原決定第二、三、(1)、(ハ)に「非組合員が一部組合員の職場を代置するという不当行為に出でざるを得ないのみならず」とあるのを除く。)は、右「非組合員が一部組合員の職場を代置するという不当行為に出でざるを得ない。」との判断を除いても、その結論には影響がなく、その用語が妥当を欠く点がないことはないが、結局ピツテイングによる実力行使の限界に関する前記理由と同趣旨でなされたものであることが明らかであり、固より正当といわなければならない。抗告人は、「原決定は、昭和三一年四月頃に殆んど全従業員が組合に加入していたと認定しているが、当時の従業員は一〇六名で、内組合員は八二名で非組合員は二四名であつた。昭和三一年五月職階制を採用したため、組合を脱退したものは五名で、うち部課長は三名にすぎない。抗告人が職階制を採用したのは、職場の秩序維持を目的としたもので、相手方の弱化をはかるためではない。」と主張するが、相手方提出の昭三三年五月二〇日附北尾勇次郎作成の陳述書(記録第九九丁から一〇二丁まで。)と原審における相手方代表者本人審尋の結果によると、相手方組合の組合員は、昭和三〇年一一月組合結成当時は六二名、昭和三一年四月の春季闘争当時は八二名であつたが、同年五月一日職階制が実施されると、同月四日頃部課長となつたもの一二名が組合を脱退したこと、右職階制の採用は相手方組合の分裂を図り組合に対抗する目的でなされたものであること、その後も組合からの脱退者があり、本件争議に突入した当時においては、組合員は四五名となつたことを一応認めることができる。右認定に反する抗告人提出の疎明資料は、真実に符合しないものと認められるから採用しない。そうすると、昭和三一年四月当時の相手方組合の組合員数が前記のとおりであり、原決定の認定するように抗告会社の殆んど全従業員でなく、また職階制の採用の目的の一が職場の秩序維持にあつたとしても、職階制の実施が相手方組合の分裂を目的とするものであると認定することを妨げるものではない。抗告人は、原決定のあつた後においても、非組合員等は、抗告会社の構内に入ることを阻止され、特に昭和三三年六月二三日には、相手方の実力行使により入場を阻止されたと主張し、抗告人提出の疎明資料によると、右事実を一応認めることが出来るが、右は前記理由により争議行為として違法なものと認むべき程度のものでないと解するのが相当であるから、これを以て前記仮処分の必要性があるものとすることはできない。以上の次第であるから、抗告人の主張はいずれも理由がない。

第一抗告理由書三について。

当裁判所が抗告会社の役員、抗告会社と取引関係に立つ第三者が抗告会社構内への出入等の妨害禁止の仮処分を許容すべきでないとする理由は、次のとおり附加する外、原決定の第二、三、(2)記載の理由と同一であるから、これを引用する。抗告人は、抗告会社の役員、抗告会社と取引関係に立つ第三者に対し現在妨害がなくても、操業開始の場合には、妨害が行われるであろうことは明白であると主張するが、これを推認するに足る疎明はなくかえつて、原決定第二、三、(2)により明らかなように現在右の者等に対する妨害がないのであるから、特別に事情の認められない限り、操業開始の場合に妨害されるおそれがないものと推認すべきである。従つて右主張は採用できない。そうすると、右と同趣旨の下に抗告会社の役員、抗告会社と取引関係に立つ第三者が抗告会社構内への出入等の妨害禁止を求める仮処分はその必要性がないとしてこれを許容しなかつた原決定は相当であつて、抗告人の主張は理由がない。

第一抗告理由書四について。

甲第一三号証によると、昭和三三年五月一四日抗告会社が相手方に対し事業場を閉鎖し作業所への相手方組合員の立入禁止を通告したことを一応推認することができる。しかし、労働者の争議行為に対応して使用者がその主張を貫徹する目的でする作業所閉鎖(ロツクアウト)は、使用者側の争議行為(労働法第七条参照)であつて、企業または事業の存続、工場施設等の安全等を危険におとしいれ使用者に著しい損害を及ぼすような労働者の争議行為が現存し、または右のような争議行為の生ずるおそれがあることが明白である場合等に許されるものと解するを相当とする。従つて、使用者がロツクアウトをする必要も利益もないのにみだりにこれを実施することは違法であるといわなければならない。本件につきこれをみるに、記録にあらわれた疎明資料により当裁判所の一応認定した争議行為の実状は、原決定のあつた後においても相手方は抗告会社構内への出入口附近にピケラインを張り非組合員の入場を阻止している(このことが違法でないことは既に説明したとおりである。)と附加する外、原決定の第二、二、争議行為の現況の項記載のとおりであるからこれを引用する。右事実によると相手方が争議に入つてから抗告会社の出入口の門内外にピケラインを張り組合員がその構内の空地に待機しているが、会社役員、非組合員である保安係員の構内への出入は何ら妨げられず自由であり、構内各建物の鍵は右保安係員が保管しているのであるから、抗告会社構内、作業所の占有が排他的に相手方に移つておらず、ただピケラインの延長として抗告会社の構内のうち操業に関係のない前庭を中心とした敷地の一部(但し闘争本部は男子組合員の宿舎に充てられた部屋を使用している。)を占拠しているのみであり、相手方に抗告会社所有建物機械等を破壊したり、また破壊しようとする意図もなく、右建物、機械等を占拠して抗告会社の企業の存続を危険におとしいれ、抗告会社に著しい損害を及ぼすべきおそれは現存しないことが明らかである(相手方が争議に入つてから現在迄実施しているピツテイングが既に説明したように違法でない以上、これによつて抗告会社の被る損害は争議行為により通常生ずる損害であるから、抗告会社の甘受すべきものである。)。そうすると、抗告会社が前記のようにしたロツクアウトは、前記理由により違法であるといわなければならない。元来組合員は抗告会社の従業員として抗告会社の構内への立入を許されるのであり、その所持品置場も構内に設けられているのであるから、たまたま争議により抗告会社の指揮命令権を離れても、前記ロツクアウトが適法でなく、相手方の実施しているピケツテイングが違法でないこと前記のとおりであるとすれば、ピケツテイングのための構内一部占拠は違法ということはできない。そうすると、現在抗告会社所有の工場建物、その敷地の所有権、占有権が不法に侵害されまたは不法に侵害されるおそれはないものといわなければならない。従つて、抗告会社が、相手方に対し抗告会社への立入禁止を求める仮処分申請は、その必要性を欠くから許さるべきでない。右と趣旨は異るが、右仮処分申請を許容しなかつた原決定は結局相当であるから抗告人の主張は理由がない。

第二抗告理由書五について。

労使間の紛争は、当事者間の自主的解決を本旨とするものであり、ただ使用者側の不当違法な行為、労働組合側の違法な争議行為がある場合にこれを速やかに差し止めることが司法権の役目であることは、抗告人所論のとおりである。しかし、司法権の行使により勤労者に保障された団結する権利、団体行動の権利が阻害されてはならず、労働争議に対する不当な干渉となるような司法権の行使は厳につつしまなければならない。このことは、労働争議偏重でなく、憲法により保障された勤労者の団結権団体行動権を尊重する所以である。本件仮処分申請は、既に説明したところにより明らかなようにいずれもその必要性がないのであるから却下さるべきであり、原決定が一部その理由を異にするが、右申請を却下したのは結局相当であつて、これがため司法権が有名無実となるということはできない。以上の次第で、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、民訴法第四一四条第三八四条第九五条第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 熊野啓五郎 裁判官 岡野幸之助 山内利彦)

<以下省略>

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